1964年、東京生まれ、大手メーカーを経て、リクルート人材センター(リクルートエージェント→リクルートキャリアに社名変更)入社。新規事業の企画・推進、人事制度設計などに携わる。その後、リクルートワークス研究所にて『Works』編集長に。2008 年、人事コンサルティング会社「ニッチモ」を立ち上げる。『エンゼルバンク―ドラゴン桜外伝』(「モーニング」連載)の主人公、海老沢康生のモデル。
Published on 2020/03/05
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海老原 嗣生Tsuguo Ebihara
雇用ジャーナリスト
経済産業研究所コア研究員
人材・経営誌『HRmics』編集長
ニッチモ代表取締役
リクルートキャリア社フェロー(特別研究員)
1964年、東京生まれ、大手メーカーを経て、リクルート人材センター(リクルートエージェント→リクルートキャリアに社名変更)入社。新規事業の企画・推進、人事制度設計などに携わる。その後、リクルートワークス研究所にて『Works』編集長に。2008 年、人事コンサルティング会社「ニッチモ」を立ち上げる。『エンゼルバンク―ドラゴン桜外伝』(「モーニング」連載)の主人公、海老沢康生のモデル。
「日本型新卒一括採用 vs 欧米型通年採用」の議論が再燃しています。そこで主張されていることは、数年前、大卒求人倍率が低く、就職できない学生がクローズアップされていた頃と同様、これからの人材採用を考えるうえで首を傾げてしまうような意見も多い印象です。事実を正確に把握し、理解し、本質を捉えて考える機会として、今回は雇用ジャーナリスト・海老原 嗣生氏に、お話しを伺いました。前編では、欧米型雇用と日本型雇用の違いを理解し、それぞれの企業の在り方を考えます。
2018年9月、経団連会長が会見で就活ルールの廃止に言及し、翌月の会長・副会長会議で、2021年度以降に入社する学生を対象とした「採用選考に関する指針」を策定しないことが決まりました。以降、就活時期に関する議論とあわせて、「日本型の新卒一括採用」VS「欧米型の通年採用」という議論が再燃しています。この話は景気が回復する前、 大卒求人倍率が低いときにもありましたが、「日本型の新卒一括採用はダメな仕組みだ」といった主張を目にするたび、「そんなことはありません!」と 声を大にして反論したくなります。改めて、この問題の本質的な部分をきちんと理解したく、ご教授いただきたいと思います。
日本型新卒一括採用はダメ、欧米型にすべき、という主張をよく目にしますが、そこには事実ではないことが多く含まれています。ほとんどが欧米型雇用について誤解し、日本型雇用のメリットに目を向けていません。昨今、人事の世界では、欧米型雇用を「ジョブ型」、日本型雇用のそれを「メンバーシップ型」と呼びます。ジョブとは、タスクを集めてパッケージにしたもの。たとえば、「採用広報をおこなう」はジョブで、「採用媒体を決める」「求人情報をつくる」「求人広告を発注する」などがタスクになります。ジョブ型雇用に関する神話のひとつに、「欧米型では職務記述書(ジョブディスクリプション)にやるべき仕事(タスク)が細かく書いてある。だからそれ以外の仕事は任されないし、その仕事さえ終わればさっさと帰れる」というものがありますが、違います。実際のジョブディスクリプションには、たとえば、採用職務が人事スタッフなら「関連する事務仕事も担当する」「ほかの人事や一般管理の仕事も任された場合おこなう」といった記述がありますし、「周囲の仕事を助ける」「記載なきことは上司の判断で決める」といったことも、普通に書いてあります。現在のジョブディスクリプションは、職務範囲とその責任など、上位概念が書かれているのです。
想像していたものより、かなり曖昧といいますか、日本における仕事の定義とあまり変わらないように思えます。
でも、ジョブ型雇用とメンバーシップ型雇用には、決定的な違いがあります。それは「限定か、無限定か」ということです。欧米のジョブ型雇用は、ポストを決めて雇用契約を結びます。たとえば「××営業所の営業 2 課の主任」として雇用し契約を結ぶ。そして、本人の同意がない限り配置転換ができません。本人の同意がなければ、「××営業所」から「△△営業所」に異動させることも、「営業 2 課」から「営業1課」に異動させることもできないのです。派遣社員の方と同じイメージです。一方、日本型雇用は、無限定雇用という点で、欧米型と大きく異なります。メンバーシップ型雇用では、会社が人事権(配置権)を持ち、他の職種、他の地域への異動が可能です。「ジョブ型では企業の人事権が制約されている。日本型では企業が強い人事権(配置権)を持つ」点が違うのです。
そういった雇用の違いが、人材採用の違いにつながるのでしょうか。
欧米で欠員が出た場合、そのポストに必要な専門知識を有し、役職も近しい人を外部市場から採用するので、中途採用が中心となります。一方、日本の場合、特に大企業を想定してもらうとわかりやすいのですが、欠員の職務を代替ができる人を社内から補充することが主です。たとえば、A支社の課長のポストが欠員になる→B支社の課長を異動させる→B支社の係長が課長に昇進する→ C支社の係長を異動させる→ C支社のリーダーが係長に昇進する…といったようにタテヨコの異動を繰り返して、欠員を末端に寄せることができる。つまり、最終的には、新卒採用で補充が可能なのです(図1)。誰が辞めても、空席を末端に寄せることができる。極端に言えば、誰が辞めても新卒をひとり採れば解決できる。企業にとってはメリットの大きい、魔法の仕組みといえます。このようなことは、本人の同意がない限り配転ができない、欧米のジョブ型雇用では不可能です。日本型は無限定雇用の仕組みだから可能なのです。
欧米で新卒採用が少なく、日本で新卒一括採用がなくならないのは、欧米=ジョブ型(限定)、日本型=メンバーシップ型(無限定)という雇用の違いなのですね。
そうです。欧米では企業の人事権が制約されているため、空席を末端に寄せることができず、中途採用にならざるをえない。欧米の新卒採用は、末端のポジションが抜けたときに、そのポジションを埋めるためにおこなわれます。これは、エントリーレベル採用と呼ばれますね。上位からタテヨコ玉突きで多数の空席が末端にできる日本型と異なり、末端ポジションが空いた時のみ、生まれるから少数となります。
メンバーシップ型雇用のメリットは、企業側にしかないのでしょうか。
新卒採用におけるメリットは後述するとして、まず育成の面で働く側にメリットがあります。経理部門に未経験の新人が配属されたケースを想像してみましょう。欧米のジョブ型雇用の場合、“債権管理 ”に配属されたら、“財務会計 ”や ”管理会計 ”からとポストを越えて易しい仕事を寄せ集めることができません。また、上位職の仕事を切りだして覚えることもできない。さらに、キャリア形成を考えた配転もできない。だから人材の社内育成が難しい。次のステップにあがるには、高い壁があるイメージです。一方、日本企業ではどうでしょう。“債権管理 ”“財務会計 ”“管理会計 ”…といったあちこちから誰にでもできるタスクを寄せ集めて新人に任せる。しばらくして慣れたら、徐々に難しいタスクに入れ替えていく。教育やクレーム対応といった上位職がやる仕事についても、習熟度合いに応じて割り振られ、徐々に上位職務に慣れていける。そして、キャリア形成を意図した配転も容易です。メンバーシップ型雇用だからこそ、「①タスク設計が自由」で「②ポスト異動が自由」。このふたつの無限定が、未経験の新卒者が普通に育つ仕組みの根底にあり、これは働く側にとって大きなメリットであるといえます。
新卒採用の話からは少し離れてしまうのですが、先日、ある企業のトップが「雇用を続ける企業などへのインセンティブがもう少し出てこないと、なかなか終身雇用を守っていくのは難しい局面に入っ てきた」と発言して話題になりました。以前のような終身雇用一辺倒ではないとはいえ、日本は解雇規制が厳しいとよく言われます。欧米と比較して、日本の解雇規制にはどのような特徴があるのでしょうか。
「日本は解雇が難しい。欧米ではすぐに首が切れる」というのも、大きく誤解されている点です。実は、日本には解雇に関する法的に厳しい規制や罰則はなく、対して欧米、とりわけ欧州には日本よりかなり厳しい法規制があるのです。具体的には、日本の解雇にまつわる法令は、民法、労働基準法、労働契約法にごく当たり前のことが書いてあるのみです。たとえば「業務上の災害または産前産後の休業中及びその後30日間の解雇は禁止」(労働基準法第19 条)、「客観的に合理的な理由と社会通念上相当がない限り、解雇権を濫用したものとして解雇は無効」(労働契約法第16 条)など、特段厳しい内容ではありません。一方、欧米の解雇にまつわる法令はとても厳格です(図2)。理論上、ジョブ型雇用では解雇しやすい、だから法律を厳格にして規制しているのです。でも、日本で裁判になるとほぼ企業が負けるから、解雇は難しい、となる。なぜ裁判所がそう判断するのかというと、日本が無限定雇用だからなのです。「××支社の営業1課の人員整理が必要だから、Aさんを解雇する」というのは、欧米はジョブ型雇用で当該ポストに雇用されているので可能です(ただしその場合も、法令に従った対応が必要です)。日本の場合は、「××支社の営業1課の人員整理が必要だとしても、営業2 課に異動できるのでは」「△△支社に異動できるのでは」「他の職種に異動できるのでは」となる。
日本は解雇規制が厳しいと言われているので、法律が厳しいのだと思われがちですが、実際は違う。無限定雇用が大前提になっているから、裁判において難しいということなのですね。
「日本の解雇要件をもっと緩めるべきだ」という議論も数年おきに繰り返されていますが、これも現実的に難しいと思います。“人事権”と“ 解雇権”はいわばトレードオフの関係にあるからです。繰り返し述べてきた通り、欧米は、企業の人事権が制約されていて配置転換はできないけれども、解雇の困難性が日本に比べて低い。他方、日本では、企業は強い人事権を持ち配置転換ができる一方、実態として解雇の困難性は高い。企業側がこれまでと同等の人事権を保持したまま、解雇できるようにするのは、不可能なのではないでしょうか。このトレードオフの関係は、欧米では望まない配置転換はないが、解雇され易いというように、働く人の側でも起きる。日本では望まない配置転換もあるけれど、よほどのことがない限り解雇されない。企業も働く人も、デメリットに対して発言しがちですが、それぞれメリットもあるんです。(後編はこちらから)
Special Feature 01
人材データを蓄積し、その後の採用可能性につなげていく「タレントプール」。
新たな採用手法の実現方法を紐解きます。
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