大手メーカーを経てリクルートエイブリック(現リクルートエージェント)入社。新規事業の企画推進、人事制度設計等に携わる。 その後リクルートワークス研究所『Works』編集長。2008年HRコンサルティング会社ニッチモを立ち上げる。「エンゼルバンク」(モーニング連載)の主人公海老沢康生のモデルでもある。『人事の成り立ち』(白桃書房)、『人事の企み~したたかに経営を動かすための作戦集~』『マーケティングとクリエイティブをもう一度やり直す大人のドリル』(いずれも日経BP)など、著書多数。
海老原 嗣生Tsuguo Ebihara
株式会社サッチモ代表取締役
政府労働政策審議会人材開発分科会委員、
中央大学大学院戦略経営研究科客員教授、大正大学表現学部特命教授
大手メーカーを経てリクルートエイブリック(現リクルートエージェント)入社。新規事業の企画推進、人事制度設計等に携わる。 その後リクルートワークス研究所『Works』編集長。2008年HRコンサルティング会社ニッチモを立ち上げる。「エンゼルバンク」(モーニング連載)の主人公海老沢康生のモデルでもある。『人事の成り立ち』(白桃書房)、『人事の企み~したたかに経営を動かすための作戦集~』『マーケティングとクリエイティブをもう一度やり直す大人のドリル』(いずれも日経BP)など、著書多数。
終身雇用を前提とした新卒一括採用や年功序列型の賃金体系は、日本型の雇用システムとして長く定着してきました。しかし、コロナ禍を機に働き方や雇用スタイルに変化が起き、欧米で一般的となっている「ジョブ型雇用」が注目を浴びるようになりました。このような状況の中、「日本型雇用からの脱却には、構造そのものを変えていく必要がある」と語るのは、雇用ジャーナリストの海老原嗣生氏。現在の日本型雇用の課題を整理しながら、これからの雇用と採用を考えるインタビューをお届けします。
本記事は、2023年7月19日に開催された「HUMANAGE SEMINAR 2023」の講演内容に基づきインタビューしたものです。
日本では長きに渡って新卒一括採用が行われてきましたが、近年は変化が起きていると聞かれます。
新卒一括採用を主軸にした日本型雇用が見直されるようになったのは、ここ数年のことです。しかし、多くの企業は従来の日本型雇用をベースに「採用の制度や手法」のみを見直すだけで、抜本的な改革に取り組んでいる企業はほとんどありません。なぜかというと、日本型雇用は労働市場と切り離された構造で、それが移行の障壁となっているからです。つまり、近年注目を集めている「ジョブ型雇用」への移行を本格的に考えるのであれば、まずは採用の構造自体に注目する必要があります。
「採用の構造」とは、具体的にどのような点に注目すべきなのでしょうか。
その前に、日本の採用動向について改めておさらいしましょう。「日本企業の採用=新卒主流」というイメージがありますが、データを見ると、むしろ中途採用のほうが多いことがわかります。厚生労働省が発表した2017年(上半期)の雇用動向調査結果によると、総入職者474.5万人に対して、転職者は281.5万人、新規入職者は193万人という結果が出ています。新卒主流と言われるのは、就職人気ランキングで上位200位以内に入るような大手企業であり、中堅・中小企業は以前から中途採用を主に行ってきました。
新卒採用よりも中途採用のほうが多いとは、意外です。
実は大手企業も、「新卒者の割合」に大きな変化が見られます。新卒者の割合を1989年と2018年で比較すると、2018年で30歳以降の新卒者割合が大きく低下しています。「大手企業でも転職が当たり前になりつつある」状況を示していると言えます。
■年代別大卒正社員(男)にしめる標準労働者比率
大手企業でも新卒者割合が低下しているのですね。では、採用についてはどうでしょうか。
大手企業の変化としてひとつ挙げたいのが、第二新卒の採用です。もともと、第二新卒者の採用は中小企業を中心に行われてきましたが、2000年代に入ってから大手企業も第二新卒採用に取り組むようになりました。大手企業が第二新卒に力を入れるようになったのは、バブル経済の崩壊により新卒採用を休してできた人材層の欠損を埋めるため。今では、第二新卒が「採用の準主役」となっているほど定着しています。
そうなると、第二新卒採用がジョブ型雇用への移行における「キー」となるのでしょうか。
いえいえ、ジョブ型雇用への移行はそう簡単ではありません。冒頭で申し上げた通り、日本型雇用の構造そのものがジョブ型雇用への移行を阻んでいるからです。では日本型雇用の構造のどこに問題があるのか。問題点を洗い出すにあたって、職業能力について整理しましょう。皆さんもご存知の通り、職業能力は大きく「汎用スキル(OS)」と「専門的スキル(アプリケーション)」に分けることができます。汎用スキルは論理的思考力やマネージメント力といった幅広い業種・職種で通用するスキルで、専門的スキルは、その業界や職種でのみ通用するスキルのことです。例えば都銀の営業職に求められる専門的スキルと、メーカーの開発職に求められる専門的スキルは大きく異なります。
社会人経験のない新卒採用においては、ポテンシャルも採用基準になりますね。
おっしゃるとおり、社会人経験のない新卒や、社会人経験の浅い第二新卒の場合、ポテンシャルも含めて評価されます。そのため、業種・職種問わず広くさまざまな領域にチャレンジすることが可能です。一方、経験者の場合は汎用スキルに加えて専門的スキルも評価されるため、年次が上がるに連れて、キャリアの可能性が狭まっていきます。分岐点は30歳頃で、この頃から、どんなに汎用スキルが優れていても、専門スキルがなければ希望する業種・企業において即戦力として通用しなくなってしまいます。ここで思い出してほしいのは、最初に取り上げた「大手企業でも中途採用が増えている」というデータです。中堅・中小企業だけでなく、大手企業も中途採用に主軸を移しつつあるという現実に目を向けるのであれば、汎用スキルを評価する従来の日本型雇用を改めて見直す必要があります。
これまで行ってきた新卒一括採用から脱却する必要があるということでしょうか。
新卒や経験の浅い第二新卒であれば、入社後にじっくり専門的スキルを習得していけばよいのですから、従来の日本型雇用が適しています。新卒採用には、「一括採用のため、採用コストや教育コストを抑えられる」などのメリットがありますし、第二新卒採用も「社会人経験がある分、教育コストが抑えられる」といったメリットがあります。しかし申し上げてきたように、従来の日本型雇用が通用するのは30歳頃まで。30歳以上の経験者になると、職業能力に紐づいた「ジョブ型雇用」が適しており、このハイブリッド型の採用システムが日本にはフィットするのではないか、と私は提唱しています。
ジョブ型雇用を取り入れる際のポイントはどういった点にあるのでしょうか。
2つの観点から制度を変える必要があると考えます。ここで、人事担当者の皆さんにいくつか問題提起をしたいと思います。第一の問題提起は、「なぜ部門や業務が違うのに、同一賃金なのか」。日本企業では、課長や係長など役職が同じであれば、たとえ人事や総務、営業など部門や担当業務が違っても、同一給与になります。本来なら、部門や担当業務によって給与が違って当たり前なのに、職務の違いに関係なく社内同一の給与体系を敷くのはおかしいと思いませんか?
第二の問題提起は、「同じ職種でも、企業・業種によって給与が異なるのはなぜか」です。例えば人事や総務など管理部門の仕事に携わっている従業員を業種で比較すると、メーカーよりも金融機関や大手総合商社のほうが、賃金が高い傾向にある。職務ではなく、企業で給与が決まるのもおかしなことです。
問題提起いただいたポイントは、日本企業では「当たり前」の考えですね。
日本企業に見られる「おかしな点」は、これだけではありません。役職基準が全社一律である点にも注目いただきたいです。例えば経理部門と開発部門では担う業務が違うのですから、部門の役職者に求められる職能要件も違って当然でしょう。しかし日本の企業の場合、多くが職能要件は全社一律で、汎用スキルは記載されていても専門的スキルは書かれていません。ではなぜ、専門的スキルが記載されていないのか。それは、組織都合による人事システムが敷かれているからです。部門や業務を横断した異動により人員補充をしているため、基準を一律にする必要があるのです。
つまり、給与体系や役職基準が職能に紐づいていないということでしょうか。
本来なら職務ごとに給与を決めるべきなのに、社内同一給与、同スペックで、役職基準も同一。そのため、例えば「役職に就いていない50歳の社員」が「役職に就いていない35歳の社員」を比較した場合、たとえ35歳の社員が50歳の社員よりも優秀だったとしても、給与は50歳の社員の方が高くなります。また、同じ職種なのにメーカーや金融機関、大手総合商社など会社ごとに給与が異なると、労働市場との乖離が生まれてしまいます。これでは、給与の高い企業で働いている社員は、「転職して給与が下がるくらいなら、このまま会社に居続けよう」となってしまうでしょう。そして、部門や業務を横断した異動により人員補充を行う方法は、そもそも中途採用を前提としない年功序列の考えに基づいています。このように日本型雇用は多くの問題点を抱えており、それ故に「人材の流動が起きづらい」のです。
だいぶ問題が見えてきました。ここまでに指摘していただいた問題点をクリアして、新たな採用フォーメーションを組んでいく必要があるということですね。
はい。欧米の企業はポスト別に採用を行い、職能に応じた給与を提示します。年齢や出身企業で判断することはありません。求める職能があれば、25歳の社員が担っていたポストに、45歳の転職者を配置することだってある。一方、日本の企業は年功序列型でポテンシャル重視、中途採用においては出身企業も評価の対象とします。実は、この傾向は「総合職正社員」のみに見られることです。例えば非正規のパート・アルバイトスタッフは、学生からシニアまで、さまざまな年代が同じ時給で同じ仕事をしています。つまり、日本の非正規雇用はジョブ型の採用を行っていて、総合職正社員採用だけが従来の日本型雇用のままだということです。
では、どのようにしてそのような問題点をクリアしていけばよいのでしょうか。
全社一律の待遇や職能要件を見直すことから始めるべきです。まずは職能要件を職群ごとに専門性をもたせる内容に変更し、等級制度を作り変えること。次に、職群ごとに労働市場に沿った給与に変更すること。そして、採用時には配属ポストを明確にして雇用契約を交わし、人事異動の際には必ず事前に本人の同意を得るようにします。等級の設計に関しては、事前に等級のポスト数と定員を定め、組織都合で増減しないこと。定員を定めないと無制限に等級を上げることができてしまうため、これが人材流動を低下させる要因となってしまいます。「この社員は成長しているから」と新たにポストを用意するのもやめましょう。このように段階を踏むことで、日本型雇用の問題点をクリアにしながら、これからの日本のカルチャーに合った採用のかたちを実現することができるのではないでしょうか。
「HUMANAGE SEMINAR 2023」講演中の様子
Special Feature 01
人材データを蓄積し、その後の採用可能性につなげていく「タレントプール」。
新たな採用手法の実現方法を紐解きます。
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