日本の新卒採用では、大学4年生時に学生のエントリーが集中する「一時期一括採用」が長らく主流となっていました。しかし今、大学3年生からのインターンシップ解禁、専門人材の前倒し採用開始などの制度見直しに伴い、「中長期型採用」への移行が進みつつあります。中長期型採用では、実業務体験型のインターンシップを通じて入社後のジョブパフォーマンスを測定しやすいというメリットがある反面、マンパワーに乏しい企業には実施が難しいと指摘するのが、名古屋大学の鈴木智之准教授。一時期一括採用でも適性検査や面接などの「選抜的工夫」を行うことで、自社とマッチする人材の見極めは十分可能であると提言しています。少子化に伴い競争が激化する採用市場を勝ち抜くための、新時代の採用戦略とは?最先端の研究と豊富な事例に基づき、解説していただきました。
少子化・売り手市場化に伴う、一時期一括採用の課題
鈴木様は現在、名古屋大学大学院の准教授として就職選抜研究やワークプレイス・パーソナリティ研究をされています。どのような経緯でこうした研究に従事されることになったのか、お聞かせいただけますか。
研究者になる前は長らくビジネスの現場で働いていました。新卒で入社したアクセンチュアでは組織戦略コンサルティングに従事し、28歳のときに組織人事支援を行うコンサルティング会社を創業します。30歳で別の会社を立ち上げ、そこでは人工知能を使った各種人事評価システムの開発を行いました。このビジネスの傍ら東京工業大学大学院で人間行動の修士・博士課程を修了した後、東京大学の特任准教授としてお声がけいただき、組織・人事研究者としての活動に軸足を置くようになりました。現在も研究の一環として、民間企業への経営戦略・人事採用戦略支援のための学術アドバイザーを行っています。
コンサルタント、経営者、研究者という幅広い視点から組織・人事に取り組まれているのですね。現在の新卒採用市場は中長期化に向けて変化しつつあるといわれますが、鈴木様はこの状況をどのようにご覧になっていますか?
日本の新卒採用は伝統的に、大学4年生を対象とした一時期一括採用が主流でした。しかし今、この手法を続けるのが企業にとって難しくなっています。最も大きい要因は、少子化に伴う売り手市場が続き、他社との競争が激化していることです。インターンシップの条件付きの解禁や、専門性の高い人材の前倒し採用など、政府による新卒採用のルールが大きく変わったことも、中長期化に向けた変化を後押ししているでしょう。
現在の新卒一括採用では、企業が学生を短期間で選考し、素質を見極めなければならないという難しさもあると思います。鈴木様は、一時期一括採用にはどのような課題があるとお考えですか。
確かに、インターンシップで実際の業務を模擬的に体験させて能力を測る(これをワークサンプルテストといいます)中長期型採用と比べると、筆記試験と面接だけで入社後のジョブパフォーマンスを予測するのは難しいといえるでしょう。ただし、現在の日本の一時期一括採用には、別の問題もあります。それは、「自社に適した人材の見極めの定義」が不十分であること。例えば「ストレス耐性が低い」という特性は、選考においてネガティブな要素にとらえられがちです。
しかし、最近日本でも注目されているHSP(Highly Sensitive Person)の研究でも明らになっているように、ストレス耐性の低さは敏感さの裏返しでもある。「ストレス耐性は高いが感受性の鈍い人」より、例えば高い顧客対応力を発揮できる可能性もあるわけです。これからの採用担当者は、そのように「人を見極める眼鏡」をアップデートすることが求められます。それがなければ、いたずらにインターンシップを長くしても、選考の質を高めることは難しいでしょう。
一時期一括採用でも、「選抜的工夫」で高精度の見極めが可能に
採用期間の長短以前に、まず「人を見極める視点」が重要ということですね。それを踏まえた上で、短期型一括採用と中長期採用の違いはどこにあるとお考えですか?
社会で働いたことがない学生の入社後のパフォーマンスを予測することは、基本的にとても難しいことです。例えるなら、野球をしたことがない人の足の速さだけを見て、野球の才能を見出すようなものといえるでしょう。その点、実際の仕事や、それに近い課題を体験させて能力を測るワークサンプルテスト型のインターンシップは、将来のパフォーマンスを予測する上で最も有効であるといえます。それと比べると、一時期一括採用には一定の限界があると言わざるを得ません。将来的には、中長期型採用に移行していくのが望ましいでしょう。
ただし一時期一括採用でも、適性検査や面接などの「選抜的工夫」を行えばパフォーマンス予測の質を高めることは可能であり、この研究はすでに実証されています。逆にいうと、たとえ中長期採用で5日間程度のインターンシップを実施したとしても、目的と手法を明確にしなければ十分なパフォーマンス予測は難しいともいえます。
中長期採用・インターンシップにおける人材の見極めは、どのような点に留意すればよいのでしょうか。
「インターンシップ参加者のどのような特性を測定するのか」という指標を明確にすることが重要です。例えば協調性を測りたいならチーム制の課題を課せばよいでしょう。一方、チーム制の課題では「誰が最初にアイディアを出したのか」といった情報が見えにくくなるので、企画力やチャレンジ精神を測定する場合には別のプログラムを用意するなどの工夫が必要です。日本のインターンシップは、学生に社風を伝えて魅力づけをするという役割も強いため、パフォーマンス予測を本格的に行うためにはより緻密なワークサンプルテストを行うべきだと思います。
現状の採用マーケットにおいて、一時期一括型から中長期型採用に向けての移行はどの程度進んでいるとご覧になっていますか?
一部の大企業などを除き、ほとんどの企業が一時期一括型の採用を行っているのが現状です。5日間以上の本格的なインターンシップを実施している企業は数パーセントでしょう。長期のインターンシップには相当なマンパワーがかかるため、なかなか実施に踏み切れない企業が多いようです。しかし、だからこそ学生の個性をしっかり見抜く中長期型の採用戦略を実現できれば、企業としての競争優位性に確実につながってくると思います。それが無理なら、一時期一括型採用で「選抜的工夫」を行い、見極めの質を高める必要があるでしょう。
一時期一括型採用で入社後のジョブパフォーマンス予測の精度を高める「選抜的工夫」とは、具体的にどのようなものでしょうか。
私の提言する「選抜的工夫」とは、適性検査や面接に科学的な手法を取り入れ、学生の入社後のパフォーマンスをより正確に予測することです。例えば性格適性検査は90年代以来大きな理論的発展があり、「ビッグファイブ」(誠実性・開放性・外向性・協調性・情緒安定性)と呼ばれる構造を用いることで、入社後のジョブパフォーマンスをある程度予想できるようになりました。面接においては、投げかける質問やその順序、質問への応答の評価方法をあらかじめ定める「構造化面接法」により、ジョブパフォーマンス予想が飛躍的に向上することが研究で証明されています。
適性検査や構造化面接によるジョブパフォーマンスの予測精度は、どの程度信頼できるのですか?
ジョブパフォーマンスの予測精度を示す「妥当性係数」は、ワークサンプルテストでは0.54と最も高い数値を示しています。しかし、「構造化面接」と「一般知的能力についての能力検査」の妥当性係数も0.51というかなり高い数値を示しており、ワークサンプルテストと大差はありません。ちなみに、従来型の「非構造化面接」では0.38、リファラル採用では0.26というかなり低い数値が出ていますので、構造化面接と適性検査の精度の高さがわかります。
※妥当性係数は、数値が高いほど選抜法の予測精度が優れていることを意味する
(出所)Frank L.Schmidt & John E. Hunter「The validity and utility of selection methods in personal psycology」(1998年)
自社に適した学生を緻密に評価する「凸凹適合型採用」
一時期一括採用でも「選抜的工夫」を取り入れることで、インターンシップに迫る質の高い選考ができるわけですね。鈴木様は、「選抜的工夫」の導入は企業にとってどのような重要性をもつとお考えですか?
「選抜的工夫」の優れている点は、一人ひとりの学生の能力や個性を緻密に分析できることです。今の多くの日本企業は、求める人物像をあまりに高く、そして画一的に設定しているように思います。例えば「コミュニケーション能力と知的能力が高く、協調性があってストレス耐性も強く、チャレンジ精神が旺盛な人」といった風に。確かにこんな完璧な人ならどの企業でも活躍できるに違いありませんが、いてもせいぜい全体の5%程度でしょう。売り手市場が続く採用市場でこのような人材を求めるのは、過酷な人材争奪戦(=レッドオーシャン)にわざわざ飛び込むようなものです。
つまり、「何でもできる優秀な人材」ではなく、自社に適した人材を探すべきということですね。
その通りです。これを競争の少ない、ブルーオーシャン採用と呼ぶこともできるでしょう。例えば先ほど少しお話しした「ストレス耐性は低いが敏感な人」などはその好例で、会社やジョブによっては高い相性を示す可能性があります。ところがほとんどの企業が「ストレス耐性が低い」というだけで低く評価してしまう。企業の人事が「人を見る眼鏡」をかけ直すことで、学生の隠れた能力を見出すことができるのです。ただし、会社ごと、ジョブごとに適した人物像を設定し、見極めるためには、中長期にわたる分析が欠かせません。全社員の選考時の評価と入社後の働きぶりを継続的に検証・調査していく必要があります。大変な作業ですが、人的資本経営が叫ばれている今、人材への投資はもっと強化すべき時代になっているのではないでしょうか。
実際に、長期的な検証を経て「選抜的工夫」に成功した事例はあるのですか?
もちろんあります。過去に私がアドバイスをしたある企業では、この手法を導入することにより、適性検査・面接の結果から入社3~5年後の販売成績と人事評価を非常に高い精度で予測できるようになりました。学生の強み・弱みが入社前からわかっているので、それぞれに適したタイプの部署・上司に配属させるなど、ベストなキャリアプランを実現できるのです。こうした採用の進化が、企業の競争力アップにつながっていることは言うまでもありません。
企業と働く人がまさにwin-winになる、理想的な採用ですね。最後に、より良い採用・職場づくりについて研究を進められてきた鈴木様のご経験を踏まえ、これからの新卒採用のあり方について意見をお聞かせください。
研究者としての知見・経験を踏まえて日本の企業に提言したいのは、まず従来の「トップ5%の学生を目標とする採用」を見直していただきたいということです。学生にも企業にも、それぞれに固有の個性があります。この凸凹をマッチさせることでマッチングを図る、いわば「凸凹適合型採用」がこれからの大きな潮流になっていくでしょう。「凸凹適合型採用」を実現するには、個人の心理的特性や能力を見極める枠組みが必要となるため、人事担当者は採用理論を学び、仕組みづくりをしなければなりません。大変な作業ではありますが、これに対応できる会社とできない会社とで、今後大きな差が生じてくると私は考えています。実際、就職氷河期当時の採用の評判が良かった企業・悪かった企業を私が分析したデータによると、20年後の現在、伸びている企業の多くは「先進的な採用に挑戦し、学生からの評判が良かった企業」でした。採用の中長期化という10年に一度の節目を迎えた今、採用戦略をどう描くかが、企業にとって勝負の分かれ目となるに違いありません。
新しい採用戦略を実現するために、人事担当者に求められる考え方やスキルはどのようなものでしょうか。
「凸凹適合型採用」に成功した企業に共通するのは、人事担当者がキーマンとなって積極的に現場の情報を収集し、「現場知」と「人事の理論」の融合を図っているということです。例えばある企業の人事は営業現場のキーパーソンを集め、活躍している人の特性をヒアリングしました。その結果、「話した印象は明るくないが、データ分析力を活かして高い売上を出す営業社員」という新しい「求める人物像」の設定に至り、明るい人ばかり採用する面接方針を改めました。このように、潜在的なニーズや暗黙知を言語化・形式知化できる「マーケター型の人事」が、これからの企業では重要な位置を占めるのではないか、と考えます。