1992年(株)リクルート入社。以来、30年にわたりHR事業領域に従事。新卒採用・中途採用・教育研修等の提案営業を経験の後、新卒メディア・中途メディア事業の営業部門、人事・組織開発、広報などのスタッフ部門の部門長を経て、2021年4月より、リクナビ編集長に就任。2022年4月より現職。
栗田 貴祥Takayoshi Kurita
株式会社リクルート
就職みらい研究所 所長
1992年(株)リクルート入社。以来、30年にわたりHR事業領域に従事。新卒採用・中途採用・教育研修等の提案営業を経験の後、新卒メディア・中途メディア事業の営業部門、人事・組織開発、広報などのスタッフ部門の部門長を経て、2021年4月より、リクナビ編集長に就任。2022年4月より現職。
不確実性の高いVUCAの時代と呼ばれるいま、若者のキャリア観は大きく変わりつつあります。終身雇用が失われる中、多くの若者が企業のブランド力や規模ではなく、どの会社でも通用するスキルを磨くことや、各自の専門領域で成長できる環境を求めていると言います。こうした価値観の変化に対応し、人的資本経営に則った人事戦略・採用を実現するにはどうすればよいのか。株式会社リクルート 就職みらい研究所 所長の栗田貴祥様に、同所が手掛ける就職・採用研究の最新成果を踏まえて解説していただきました。
近年、採用のあり方に大きく変化をもたらしている要因として「若者のキャリア観の変化」が指摘されています。栗田様は、若者の価値観はどのように変化しているとお考えでしょうか。
日本では従来、大手企業を中心に終身雇用が行われており、新卒で入社した社員はジョブローテーションでさまざまな仕事を経験しながら、定年まで勤めるのが一般的でした。社員のキャリアパスを主導するのは主に企業の側でしたが、それでも社員は結果的に成長することができ、定年まで安心して勤めることができたわけです。しかし、日本の低成長が長期化してからは、企業が社員を終身雇用するのが難しくなりました。従来のように一社に忠誠を尽くしても、生涯安定した生活を送れるかどうかわからない。このような状況では、自ずと個人のキャリアに対する意識は変化します。今勤めている会社に何が起きても、どの会社に行っても生き残っていけるよう、自ら力をつけることこそが安心・安定・安全につながる。そのようなキャリア観を持つ若者が増えてきました。それを象徴するのが、リクルートワークス研究所の研究調査から明らかになった要素「キャリア安全性」です。
キャリア安全性とはどのような考え方ですか?
リクルートワークス研究所が行った調査により、ワーク・エンゲージメントと関係する要素として「心理的安全性」と「キャリア安全性」という二つの要素が存在することが明らかになっています。「心理的安全性」はよく知られた概念であり、「チームのメンバー内で、課題やネガティブなことを言い合うことができる」など、チーム内で安心して働ける環境を重視する考え方です。この心理的安全性を高めることで、若手社員のワーク・エンゲージメントを高められることは以前からよく言われていました。一方の「キャリア安全性」とは、「自身の現在・今後のキャリアが今の職場でどの程度安全な状態でいられると認識しているか」をとらえる尺度です。
これまで注目されてきた「心理的安全性」に加え、「キャリア安全性」を意識する若者が増えているのですね。
その通りです。終身雇用が標準だった時代と違い、今の多くの若者は将来のキャリアについて非常に切迫した不安を抱いています。最近は働き方改革の影響で、残業ができない会社や、パワハラといわれることを恐れて厳しい指導をできない上司も増えていますが、若者はそうした企業のことを「ゆるい」「成長できない」と不安に感じるのです。その結果、そのような企業を辞めて、プレッシャーが強い企業に転職する若者も増えてきました。ただし、念のために申し添えておくと、「心理的安全性が高い職場」とは本来、単なるゆるい職場を指すわけではありません。組織の成長のため、ときには耳の痛い言葉を言い合っても崩れないような関係性を前提としているものであり、その点は誤解されがちなところですね。
学生がそのように、能動的にキャリアを思い描きながら会社選びができるようになった背景には、企業側からの情報発信が進化したという要素もあるのではないでしょうか。特にこの数年は、採用担当者が自ら編集者やマーケター的な役割も果たしながら活躍し、、採用情報や福利厚生を提示する画一的な採用広報を行うのではなく、自社で頑張っている社員の魅力などを積極的に発信しているように見受けられます。
確かに、企業の努力により情報開示が進んでいることは就活に大きく影響しているでしょう。ただ、今はマス向けの対応だけでは学生にメッセージを届けることが難しくなっていると思います。もちろん、百人百様の個人に細かく対応することは難しいわけですが、可能な限り個々の指向性や価値観に沿って多様な選択肢を用意するかたちで、採用手法や応募者コミュニケーションを変えていかなければなりません。例えば、「キャリア安全性」への意識についても、どのぐらいのレベルで、どのように成長したいかは個人によってバラつきがありますよね。こうした多様な価値観に応えるためには、上長が中心となって社員と丁寧にコミュニケーションをとり、個々の社員に合わせてプチカスタマイズされた支援ができる枠組みを社内で整えることが大切だと思います。
近年ではそうした自社の強みを明確に持ち、映像などさまざまなツールを駆使してアウトプットし、学生に対してアピールする企業も増えつつあるように思います。
おっしゃる通りです。最近はパーパス経営や人的資本経営という考え方が浸透しつつあり、多様な価値観、豊かな個性を持つ人材が集まる組織でなければイノベーションは生まれない、という危機感を多くの企業が抱いています。そうした企業の意識の表れが、情報発信の強化につながっているのではないでしょうか。ただし、多様な人材が集まる組織は、ややもするとバラバラになりやすいというリスクもあります。それをまとめ得るのは、従来型の一括採用や一律の教育システム・人事制度ではなく、企業が掲げるパーパスです。多様な人材が個々の状況に応じ働けるよう、パーパスに則った多様な選択肢を用意して応援する枠組みをうまくつくっている企業が、元気よく成長していると感じます。
学生が「働き方の多様な選択肢」を求めていることは、データでも明らかになっています。例えば貴所が調査された「働きたい組織の特徴(2023年卒)」では、「様々な仕事を、短期間で次々に経験する」を選んだ大学生4年生、大学院2年生が43.4%であったのに対し、「特定領域の仕事を長期間、継続的に担当する」を選んだ大学生4年生、大学院2年生は56.6%に達しています。つまり、専門領域でキャリアを形成したいと考える若者が過半数を占めているわけです。
ところが現実には日本の大半の企業はジョブローテーションが主流となっており、新入社員は本人の希望に関わりなくさまざまな勤務地・部署に配属されるケースが多い。今までは学生もそれを呑み込まざるを得なかったのですが、最近は入社前から勤務地や部署を確約することを求める学生も増え、それに応じる企業も増えてきました。専門領域でキャリアを形成したいという個人にとって、このような企業への入り口が多様化しはじめているという事実は、喜ばしいことになると思いますし、企業にとっても多様な価値観を持つ人材を獲得する一手になりうると思います。
近年では「人的資本経営」という言葉もよく聞かれるようになり、人と組織の関係性の変化は、経営戦略にまで大きな影響を与えていることが示唆されています。経営と採用の結びつきについて、栗田様はどのようにお考えでしょうか。
経営戦略と人事戦略を接続させることは非常に大事です。しかし、実際にそれが結びついている企業はほとんどありません。まずは、経営メンバーの中に人事役員(CHO)が入らねばなりませんが、これも最近になって言われはじめたことです。とはいえ、こうした潮流が生まれつつあることは非常に良いことだと思います。資源が乏しい日本が成長していくためには、人の力を活用することが必要不可欠です。経営戦略と人事戦略が接続した組織のほうが、人の可能性を効果的に引き出せるのは明らかだと思います。
経営やブランディング戦略といったものが、現場における日々の目標とつながることで、従業員も楽しくいきいきと働けるようになりそうです。
まさにその通りです。ところが実際には、経営戦略が人事の末端にまで落とし込まれ、言行一致で実現されているケースは非常に少ない。例えば「顧客満足第一」といった立派な経営理念を掲げているのに、現場ではそういう仕事ができないといった状況では、エンゲージメントが高まるはずがありません。経営戦略と人事戦略をつなげるためには、さまざまな要素を可視化・数値化して、パーパスの実現とエンゲージメント向上に結び付く施策を見つけていくことが大切だと思います。もっとも、単に数値を羅列するだけでは意味がありません。それぞれの数値が自社の経営戦略やビジョン、提供価値の実現にどうつながっていて、それが個々の社員にどのような意味を持つかを、わかりやすい物語として従業員に伝えなければならないのです。そして、それを実行するために経営と現場とのハブとなって活躍する人事は、今後の企業においてますます重要な役割を果たすことになるでしょう。
改めて、これからの企業の人事担当者に求められる役割はどのようなものか、お考えを聞かせていただけますか。
先ほども申し上げた通り、時代の変化や価値観の多様化により、従来のメンバーシップ型雇用のみでは立ち行かない時代になりました。多様な個人を活かすためには、人事施策もより多様化していくことが必要です。例えばジョブ型の要素を取り入れた雇用の在り方にシフトするにつれ、人事の役割も変化していくと考えられます。メンバーシップ型雇用では人事権は人事部にありますが、ジョブ型雇用では各現場で必要なスキルが急速にアップデートされ、人事がこれをすべて把握するのは難しい。人事権は現場に移らざるを得ず、これからの人事は現場と緊密に連携し、現場の情報をつかむ必要があります。しかも、ただ現場に対して目標の数値だけ掲げるという従来のやり方では、現場を窮屈にさせてしまうため、現場の社員がいきいき働けるような環境をつくることが重要です。そして、これが実は、採用においても非常に有効なのです。
現場の姿を学生にアピールすることが、採用にもつながるということですね。
その通りです。充実した従業員の体験価値を生々しく学生に伝えることこそ、学生の共感を得る最善の手法に他なりません。人事は「学生にとって良いネタはないか」と探すよりも、今いる従業員がワクワクして仕事できるにはどうすればよいかを考えるべきです。そうすれば結果的に、従業員の存在自体が学生に対する最高のプレゼンテーションツールになるでしょう。
学生への迎合でも、単なるファクトの羅列でもない、理想的な採用手法ですね。経営戦略と人事戦略がつながり、それが従業員のエンゲージメントを高めるという見事なストーリーです。
そうは言っても実際に実現するのは難しい、と思われる人事ご担当者もいらっしゃるかもしれませんが、考え方自体は普通ですよね。人事は毎年のルーティーン作業や膨大な業務を回しているうちに、採用すること自体が目的になってしまったり、不合理なやり方を見過ごしてしまったりすることもあるのではないでしょうか。例えば、オンライン説明会は非常に便利なものですが、コロナ禍になる前に実施した会社はなぜかほとんどありません。コロナ禍を経て固定観念が崩れ、人的資本経営の潮流が生まれつつある今、人事にとっては本質的なチャレンジをする良いタイミングになっているのではないか、と私は思います。
参考・引用:
リクルートワークス研究所 「心理的安全性が高いだけの職場では、若手は活躍できない」
就職みらい研究所 「働きたい組織の特徴(2022年卒)」
Special Feature 01
人材データを蓄積し、その後の採用可能性につなげていく「タレントプール」。
新たな採用手法の実現方法を紐解きます。
コンテンツがありません