大手ヘルスケア企業を経て、事業場向け産業保健支援を行う株式会社エムステージ取締役就任。産業医紹介・業務サポート、産業保健師紹介、ストレスチェック、EAP(従業員支援プログラム)、メンタルへルス・ハラスメント研修など、企業の意義ある健康経営を実現するための総合的なコンサルティングに従事。過去25年で、支援した企業数は1000社以上。
歌代 敦Atsushi Utashiro
株式会社エムステージ
取締役産業保健事業部長
大手ヘルスケア企業を経て、事業場向け産業保健支援を行う株式会社エムステージ取締役就任。産業医紹介・業務サポート、産業保健師紹介、ストレスチェック、EAP(従業員支援プログラム)、メンタルへルス・ハラスメント研修など、企業の意義ある健康経営を実現するための総合的なコンサルティングに従事。過去25年で、支援した企業数は1000社以上。
著書のご紹介
労働力減少時代の「もっとよくなる健康経営」
――企業が生き残るために経営者が取り組むべき産業医の活かし方
本書は、産業医と協力しながら企業が主体となって健康経営を成功に導くためのポイントを解説。従業員という重要な資産を健康面でサポートすることで、人的資本の価値を高め、企業価値を最大化していくノウハウが詰め込まれた一冊。健康経営研究会理事長の岡田邦夫先生や、産業医アドバンスト研修会理事長の浜口伝博先生ら、健康経営・産業保健分野での第一人者の方々へのインタビューと、JR九州など先進企業の具体的な事例を交えて紹介する。
従業員の健康管理を経営課題として捉え戦略的に実践し、生産性や企業価値向上を目的とした経営手法である「健康経営」。2015年に経済産業省が「健康経営銘柄」制度をスタートしたことを機に、多くの企業が積極的に取り組むようになりました。その一方で、産業医が十分に活用されない「名ばかり産業医」状態での健康経営を推進しているケースも少なくないと警鐘を鳴らす声もあります。今回お話を伺ったエムステージ取締役の歌代敦氏は、25年にわたり企業の健康経営を支援・推進してきたスペシャリスト。労働力減少時代のいまこそ、産業医と適切に連携した健康経営を実現することが、企業の生産性、企業価値を高めるために必要だと言います。真の健康経営とは何か、そしてそれを実現する方法について、教えていただきました。
まずは、これまでのご経歴を簡単にお聞かせください。
私は1997年に大手ヘルスケア企業に入社し、産業保健サービスのコンサルタントを勤めていました。当時は「健康経営」という言葉はありませんでしたが、働く人の健康を支援するという点では現在の健康経営と同様です。2019年にエムステージに入社し、2020年4月からは取締役として産業保健の総合的なコンサルティングを推進しています。前職を含めれば25年間にわたり健康経営に携わってきたということになります。
まさに健康経営のスペシャリストということですね。エムステージでは具体的にどのようなサービスを提供されているのですか?
エムステージは2003年の設立以来、現在に至るまで医師に特化した人材紹介事業を行ってきました。現在の産業保健事業は、2016年にスタートした比較的新しい事業です。具体的なサービスとしては、企業に対して産業医や保健師といった産業保健専門職による実務や業務サポートを中心に、各種健康経営施策の企画・運用などのコンサルティングを実施しています。20年にわたる医師人材紹介事業において築いた、約3万9000名にのぼる登録医師とのネットワークを活かし、全国の企業を対象に意義ある産業保健サービスを提供出来ることが、当社の強みとなっています。
いま、健康経営に取り組む企業は急速に増えており、一種のブームのような様相を呈しています。健康経営が注目を集めていることには、どのような背景があるのでしょうか。
周知の通り、現在の日本社会は少子高齢化が進行しており、労働力人口のさらなる減少が予測されています。こうした状況において、企業、ひいては国全体が持続的に成長し続けるためには、従業員の生産性を高めることが欠かせません。そこで重要となるのが、企業が従業員のフィジカル・メンタル両面に対して積極的に投資する、健康経営です。一気に注目されるきっかけとなったのは、2015年に経済産業省が東京証券取引所と共同で「健康経営銘柄」制度をスタートしたことでしょう。
企業が健康経営に取り組む意義や利点はどこにあるのか、詳しく聞かせていただけますか?
健康経営という言葉が生まれる前にも、健康管理の概念はありました。しかしこれはいわゆる三次予防の考え方であり、すでに疾病が発症した人たちに対する治療や復職支援がメインでした。これに対して健康経営では、一次的な病気予防に向けた取り組みを積極的に行います。例えば従業員のヘルスリテラシー向上のために健康教育を実施したり、アプリを使って食生活や運動・睡眠などの支援をしたりといったものですね。当然ここにはコストがかかりますが、健康経営ではそれに見合ったリターンに注目します。生産性の向上や採用成果の向上などがその一例です。
従業員の健康度が業績に連動していることを示す、客観的な指標にはどのようなものがあるのでしょうか。
従業員の健康と生産性を関連づける上では、「アブセンティーズム」と「プレゼンティーズム」という指標が重要です。まずアブセンティーズムとは、従業員の欠勤による損失を表します。病気や体調不良、入院や通院などによって、本来の勤務時間に従業員がいないことによって生み出される損失を表す指標です。こちらは目に見えるわかりやすい指標と言えるでしょう。一方のプレゼンティーズムは、従業員が出社はしているが生産性が低下しているために生じる損失を表します。頭痛などの体調不良やメンタルヘルス不調、過労、睡眠不足などによる集中力低下によって生じる損失です。具体的にはミスや作業効率の低下、業務の遅れを示します。従業員が100%の力を発揮できない状態は会社にとってデメリットとなりますし、従業員自身にとっても給与査定などにおいて損失となります。したがって、健康経営を推進する上ではアブセンティーズム・プレゼンティーズムの両方に注目し積極的に対応する必要があるでしょう。
可視化しにくいプレゼンティーズムを改善するには、具体的にどのような取り組みを行えば良いのでしょうか?
例えばヒューマネージ社とエムステージとの共同プロジェクトでは、ストレスチェックと同時にプレゼンティーズムに関する設問を追加実施し、企業ごとにプレゼンティーズムの状況を経済損失額に数値化します。これを踏まえて、さまざまな改善施策の実施が必要となります。支援の内容としては、メンタルヘルスのセルフケア・ラインケアの強化、肩凝り・腰痛を改善するためのリラクゼーション時間の設定、ヘルスリテラシー向上を目的とした健康教育の実施、女性特有の健康問題に関するサポート、といったものが挙げられます。プレゼンティーズムが改善されれば自ずとアブセンティーズム(休職者数や離職者数)も改善されるため、労務管理上で可視化する事が可能なアブセンティーズムへの効果としての影響にも期待ができます。
貴社は産業保健業界のリーディングカンパニーとして、企業向けの産業医サービス等を展開されています。健康経営における産業医連携の意義とはどのようなものか、お聞かせください。
最近では上場企業を中心に多くの企業が健康経営を打ち出し、積極的にアピールしています。しかし、産業医制度は今から約50年前の1971年から法律化されており、実は健康経営よりもはるかに歴史が長いのです。企業には事業所あたりの従業員数に応じ、労働安全衛生法によって産業医の選任義務があります。産業医こそ産業保健や健康経営を推進する上での土台と言えます。ところが実情としては、多くの企業では産業医との連携が不足している、あるいは産業医自身が適切に機能していないケースも存在します。例えば本来であれば原則、産業医による毎月1回以上の職場訪問が必要とされていますが、過去1年間に職場訪問を1回もしていないという事業場の割合が、従業員50人以上99人以下で約3割にものぼっています。衛生委員会において従業員の安全確保や健康の保持増進、労災予防等について専門家の立場で意見することも産業医の役割ですが、この衛生委員会にも参加していないケースが多くみられます。
それは驚きの数値です。なぜ企業は産業医を有効に活用できていないのでしょうか。
大きく二つの要因が挙げられます。一つは、医師の数がそもそも不足していること。全国には産業医を選定しなければならない事業場が16万以上あるのに対し、現在稼働中の産業医は3万4000人程度しかいません。この人数では現行の制度を維持するには無理があります。そしてもう一つの要因は、企業経営者の意識です。健康経営のイメージをアピールすることを優先する結果、肝心の中身が伴わない「名ばかり」の健康経営が生まれてしまっているのです。
多くの企業で産業保健の推進が課題となる中、真に意義のある健康経営を実現するためにはどうすればよいとお考えでしょうか。
まず、医師不足の問題に関しては、行政が中心となり保健師や公認心理師といった医師以外の専門職の活用や、企業の実態に合わせた産業医の業務内容の見直し、オンラインの有効活用が必要だと思います。そのためには法律の見直しも必要となるでしょう。一方、企業の健康経営への姿勢を変えるには、経営者の意識の変革が必要です。例えば多くの企業は、経済産業省が行っている健康経営度調査に対応するために、喫煙率低下や女性の健康などへの取り組みを積極的に行います。にもかかわらず、健康経営のベースとなるべき産業保健が空洞化しているケースが多い。産業医の法定業務に則した活動状況は健康経営の調査項目に含まれていないからです。働く人の健康と安全を確保するのは、会社の責任であり産業医の役割のひとつです。経営者が健康経営の意義や産業保健の必要性を正しく理解し、担当役員や人事部長にしっかり方針を伝え指示を出していけば、自ずと中身のある健康経営が実現されるでしょう。
健康経営の課題が改善された具体的な事例があれば、ぜひご紹介ください。
例えば10年ほど前、とある数万人規模の大手企業が新たに産業医と提携したケースがありました。驚くべきことに、その企業の労務担当者は労働安全衛生法もよく知らないし、衛生委員会を開催したこともないというのです。しかし立ち上げられたばかりの衛生委員会で、産業医が「衛生委員会とは何か」という初歩的な説明から粘り強く行い、職場の健康に関する課題を社員と話し合った結果、徐々に健康経営に向けたPDCAサイクルが確立されました。これなどは、熱心な産業医が労務担当者に働きかけ、会社全体がこれに応えて変化していったケースですね。意識が変われば健康経営が実現するという好例だと思います。むろん、ボトムアップの変革の場合でも、最終的に判断を下すのはトップです。労働力人口が減少し、パンデミックのリスクもある中、10年、20年先の経営を見据えれば健康経営が企業存続に不可欠であることは明らかです。「流行っているから」「他社もしているから」ではなく、名ばかりではない健康経営を実現する覚悟を持たなければなりません。
最後に、この記事を読まれている人事ご担当者に向けて、メッセージをお願いします。
労務ご担当者の方はもちろん、採用ご担当者にとっても健康経営の取り組みは重要な価値があると思います。人材の流動化が進み、採用後の定着が課題となっている今、従業員の健康を守ることは離職防止に直結するからです。そのためにまず取り組むべきことは、もちろん産業医の活用です。例えば人事ご担当者は従業員のさまざまな情報を把握していますが、産業医は健康診断、ストレスチェックの結果、勤怠情報の全ての情報を本人の同意なく把握できます。それらの情報は、メンタルヘルス疾患の可能性を示す貴重な情報です。そのため、いちはやく従業員の変化に気づき、プレゼンティーズムの改善に向けたアプローチを行うには、人事部門と産業医との連携が欠かせないのです。そして健康経営の実現は、離職率低下や生産性向上だけでなく、採用力強化というメリットもあります。人事部門から経営者に働きかけることで健康経営が推進されたケースも少なくありません。多角的な人事課題の解決に向けて、ぜひ、チャレンジしてほしいと思います。
Special Feature 01
人材データを蓄積し、その後の採用可能性につなげていく「タレントプール」。
新たな採用手法の実現方法を紐解きます。
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